なぜアルバイト販売員がマーケティングを学ぶのか? ー闇(ヤミ)を持つ女性たちが楽しむことを諦めなければ、ほんわかした幸せができる

なぜアルバイト販売員がマーケティングを学ぶのか? ー闇(ヤミ)を持つ女性たちが楽しむことを諦めなければ、ほんわかした幸せができる

なぜアルバイトのコスメ販売員が、マーケティングを学ぶのか?

そんな疑問を持ったらキリがない。
そもそも、アルバイトとか正社員とか世間体を考えていたら、もっと一般的な気の利いた回答ができる人間になっていたかもしれないとも思う。

エクスマセミナーでは、映画がたびたび例に出てくる。
今回はこれ(ブロードランナー)

 

わたしは、モノゴトの原理を追求したい性質が強い。
たとえば以前に大きな組織で働いていた際に度々あったこと。

「この資料、読んでみてくれる?若い人たちの前で講演するから意見を聞きたい」と当時の上司が講演レジュメをわたしにみせたとき。※当時20代だったのでわたしも若かった

この”民主的”という言葉って何ですか?多数決の6対4で、6(人の賛成)が勝つことですか? と、大真面目に答えたことがある。

うわーーめんどくさーー・・・
こんな部下いたら、わたしだったら嫌だなあ・・

 

なぜそうなのか?その仕事をやる意味は何なのか?
こういうことを、いちいち考える性質を持っているのが自分の厄介な性質。これを当時(20代のとき)は当たり前にみんながやってること(もしくはやったほうがいいこと)だと本当に信じていたんだと思う。

【ビジネスを学ぶ理由もすべて「なぜ?」からはじまる】

当然、そういう面倒な人間というのは、組織に所属する周りの人たちからすると鬱陶しい存在になるわけで。
協調性のかけらもなく、周囲と協調するかどうか?というのは、必要なことを必要なときにできる人がいたらするし、そうでなければ仕事上、面倒になってあんまり関わらないことも多々あった(一番面倒なのは、周りの人ではなく自分だと気付いてなかったから)

年上の人は、人生の先輩だけれど、敬うかどうか?というのはその人しだい そんな風に考えていたし、今もその基本は変わっていない。

 

話を戻して、「なぜ、その仕事が必要なのか?」ということは、わたしにはどうしても欠かせない。
目の前の仕事の中で、自分はどういう役割を果たし、誰の役に立ちたいのか?という部分だ。

とは言っても現代。いろんな考えがある中でごく一般的な日本人の常識の中では、到底自分の持っている「なぜ?」をクリアできることは難しい。原理原則があっても、その通りにことが進んでいかないことが現実だから。

かといって「そんなもんだよ、この世の中」と諦めることもできない、頑固な自分の中に眠っている本質

そういう中で生きてきたのだが、本当につまづき、働けなくなるくらい疲労した状態になり、悶々としていた30代前半のころ。唯一、自分らしく楽しく仕事をしようと思える考え方に出会った。
それがたまたま、ビジネス(マーケティング)コンサルタントの藤村正宏さんだった。だから今回も、3年前から学び出した、エクスマセミナー(ビジネスのセミナー)に参加したというワケ。

今回のセミナー当日はすごい寒くて、行く途中は目が閉じてました。

【闇を抱える女性は、いつでも「初めてのおつかい」状態】

ヤミ(闇)を抱える女性たち

そんなヤミ(闇)オンナの心情を発信することがわたし自身は多いのだが、実際にわたしの中にあるヤミ(闇)の部分が、そんな女性たちへの関心を高めているんだ。

自分の個性を家族や周囲に受け入れてもらえず、常に「自分がおかしいのかな?」と思い続けて生きてきた闇を抱える女性たち

そんな一員として生きて来たわたしだからこそ、「プライドが高くみえる・こだわりが強くみえる」という闇を抱える女性が、なぜ本当は自尊心が低いのか?

なぜ人生を楽しもうと努力すればするほど、周囲に受け入れてもらえない現実とぶち当たるのか?
そんな疑問がぬぐいきれなかった自分に、はじめて光が差したきがしたんだと思う。

 

30代以降の人なら誰でも知っている「はじめてのおつかい」というテレビ番組がある。
幼い子がお母さんに頼まれて、はじめて一人でおつかいに行く。という単純な設定だけれど、すごく感動して涙する瞬間が毎回ある。

家の中は安全で安心できる場所
外に出たら何が起こるか?誰がいるか?わからない不安な場所。それでも大好きなお母さんに頼まれたおつかいを、自分の力で達成したい・役に立ちたい

そんな強い子どもの気持ちが、お母さんに頼まれたものを無事買って帰るというミッション達成の感動につながるのだと思う。
そう、感動するんだ。

外は何が起こるかわからない
危ない場所かもしれないし、自分を攻撃してくる人がいるかもしれない

闇を抱える女性たちというのは、育ってきた環境(家庭生活)の中でも、外でも「はじめてのおつかい」状態だったのではないか?

 

誰か(家族を含め)に自分の話をしても、頑張っても周りからの理解されない
いつ攻撃の言葉が自分にふりかってくるか分からない緊張感がある

こんな日常を続けていると、それが通常になり自分自身を定義づけるものがなくなっていく。

自分自身を定義づけるもの。
これは本来なら1番に家族、2番目に親しい友人たちを通して感じることができることが多い。しかし、家族関係にも不安を抱える闇を抱える女性たちは、友人関係においてもちょっと難ありのパターンが多い。じっさい、健やかな精神状態の友人が少なくなりがちなのは否めない

【頑固に諦めずに続けることで、生きる実感とほんわかした幸せができる】

ここで再度、ビジネスセミナーになぜわたしが参加するのか?について考えてみると、より分かりやすくなる。

友人のイッシーのTwitter投稿。好評らしかったみたい

 

わたしは、このエクスペリエンスマーケティング(エクスマ)塾で学びはじめてから3年が経った。
今では、顔見知りの人や親しい友人ができて(すごく少ないけど)、その友人たちとビジネスの話や考え方について会話することが生きる実感に繋がってきている。

そう。ここに自分がいる。それを周りは当たり前に受け入れてくれている。
宮下藍は、こういう人間。ちょっと変わった部分はあるけれど、まあまあ、それでもいいか!そんな空間になったのかもしれない。

頻繁ではないけれど、年に数回会って話をして新しいビジネスの方向について意見交換する。
アルバイトとか経営者とか、お互いの関係に上下はなく空気感を楽しめる

それだけ。
ただそれだけのこと。


セミナーでは演劇もあり。SNSでの影響力がどれだけ強いのか?よく分かる(そして笑える)

 


突然踊り出す場面もありました

 

 

自分がその場所にいる。それを周りも当然のように受け入れている

本当にただそれだけだ。はたらくことや、仕事を楽しんでみようと諦めずに頑固に続けてきたら、自分の居場所を実感できる空間や人付き合いができるようになった。


今回も裏方でそのウラカタっぷりを追求してみた(たまたまだけど)
結構楽しかったな

それが、わたし達のような闇を抱える女性たちには、かけがえのない場所になる。
こういう場所をきっかけに、自分に自信をほんのちょっと取り戻したとき、新しいお客さんが友人になり、親友になる。
かけがえのない友人達が自分の力で築けるようになる。

はたらくこと。楽しんで仕事をすること。
そこを諦めなければ、必ず自分の居場所を実感できる、ほんわかした幸せが作れるのかもしれない。
そんな風に今は感じている。だからこそ、もっと自分が役に立てるように諦めずに続けるんだと思う